(月刊)ひとり総研

ベンチャー企業に関連する情報、ファイナンス情報、その他役に立ちそうなデータを月1ペースでまとめるブログ。

13_2015年にIPOしたスタートアップのvaluationを調べてみた。

IPOしたスタートアップの時価総額っていくらくらいなの?

前回の記事では2015年にIPOしたスタートアップの時価総額をまとめましたが、上場前にスタートアップが投資家から受けた評価額(valuation)はどれくらいなのでしょうか。2016年も始まったばかりですので、この疑問に対して去年のIPOを振り返ることで応えようと思います。

 

INDEX

2015年の新興市場の概況

IPOしたスタートアップのvauation推移(概括)

1.調査方法
2.調査結果

IPOしたスタートアップのvaluation推移(個別分析)

1.分類① 時価総額:100億円以上 業種:バイオ

2.分類② 時価総額100億円以上 業種:web/スマホアプリ

3.分類③ 時価総額:100億円以上 業種:金融・不動産

4.分類④ 時価総額:100億円以上 業種:その他

5.分類⑤ 時価総額:50億円以上 業種:web/スマホアプリ

6.分類⑥ 時価総額:50億円以上 業種:ITベンダー

7.分類⑦ 時価総額:50億円以下 業種:web/スマホアプリ

8.分類⑧ 時価総額:50億円以下 業種:ITベンダー

9.分類⑨ 時価総額:50億円以下 業種:金融・不動産

10.分類⑩ 時価総額:50億円以下 業種:その他

まとめ

 

2015年の新興市場の概況

その前に、2015年の新興市場の概況を振り返りましょう。

以下の図が2008年以降のIPO件数をまとめたものですが、マザーズは去年の公開件数を10件上回り、2014年に引き続いて新興市場が盛り上がりを見せています。

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(出所)東証HPをもとにひとり総研作成

その中でも、本ブログにて「スタートアップ」と定義している創立10年以内の新興企業のIPO件数も去年を上回っています。

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では、これらスタートアップ企業のIPO時の時価総額はどうなっているのでしょうか。

これをまとめたのが以下の表です。時価総額の中央値は63.8億円、平均値は146.7億円で、IPOによる公募増資額の中央値は5.6億円、平均値は157.2億円です。PERを見ると、前回の記事でも言及しましたが、全体としては控えめなvluationであるものの、申請基準期の業績が赤字の企業にかなり高いvluationがついている点が2015年の大きな特徴でした。

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IPOしたスタートアップのvaluation推移(概括)

調査方法

今回は上の表に記載したスタートアップ29社について、それぞれIPOに至るまでのファイナンス情報をもとに、それぞれのラウンドのvaluation情報をまとめます。具体的には、有価証券届出書に記載されている発行済株式総数及び資本金・資本準備金の増加額から次の通りvaluationを推定します(※1)。

post valuation=資本金・資本準備金の増加額÷(増加株式数÷増資後の発行済株式総数)

調査結果

下のグラフは、設立時~IPOに至るまでの29社のvaluationの推移をまとめたものです。各ラウンドのサンプル件数に多寡があるので単純比較はできませんが、全体的な傾向として概ねIPOに向けてvaluationが上がっていることがわかります。f:id:vwwatcher0719:20160131000346p:plain

なお、下表は各ラウンドがIPOからどれくらい前に実施されたかをまとめたものです。

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また、詳細な調査結果は以下でDLできるようになっていますのでご興味のある方はこちらからご覧ください。

 

IPOしたスタートアップのvaluation推移(個別分析)

このセクションでは各社のvaluation推移を個別に見ていきます。ただし、29社一遍に見ていくと大変なので、時価総額・業種別に29社を以下のように10分類(※2)したうえで見ていきます。

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以下では、各社のvaluation推移をまとめつつ、気になったスタートアップについては、個別にコメントを付していきたいと思います。

 

分類①時価総額:100億円以上 業種:バイオ

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  まずは時価総額ランキング1位、2位にランクインしている創薬バイオベンチャー

 注目すべきは、設立から2年目の2013年4月に2回目のファイナンスを実施し、300億円近いバリュエーションで評価されている点。出資者である大日本住友製薬株式会社はこのファイナンスを機にヘリオスとの共同開発契約を締結。

 IPO直前のファイナンスにおいて、三菱UFJベンチャーキャピタル等の金融系VCからの出資で110億円のvaluationで評価されています。

 

 どちらもかなり高いvaluationですが、両者のvaluationがIPO時に逆転していることを考えると、キャピタルゲインのみを目的に投資を行う金融系VCに比べ、事業上密接な利害関係をもった事業会社によるvaluationが高めになる(シナジー効果がvaluationに織り込まれている)ことがわかります。

 

分類②時価総額:100億円以上 業種:web/スマホアプリ

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 他の銘柄は、上場直前のラウンドでvaluationが2~5倍近く跳ね上がる前までは、10億未満のvalueで推移するのに対し、Gunosy及びAimingはIPOより2~3回前のラウンドで既に50億円近いvluationで評価されているのが特徴です。

 海外展開を進め、新タイトルをリリースした後のファイナンスでvaluationがあがっているようです。種類株式の利用等はしていません。

  • 株式会社Gunosy(ニュースキュレーションアプリ「Gunosy」。)

 図示した通りvaluationを大きく上げるタイミングで種類株式を利用しています。種類株式はA種・B種・C種の3種類で、登記簿の情報をもとにそれぞれの内容をまとめると以下の通りです。

  1. 残余財産の分配
    種類株主は会社が清算した場合、最低でも出資額の分は受け取ることができる。なお、清算時のvaluationが投資時のvaluationを上回る場合は、上回った分を各投資家がプロラタで分け合うことができる(参加型)。
  2. 償還請求権
    会社が買収された場合等は、種類株主は会社に株式を買い取ってもらうことができる。買取価格は、1.で示した残余財産分配価格をもとに決める。
  3. 普通株式への転換
    種類株主は自身の株式を普通株式に転換することができる。原則、転換比率は1:1だが、ダウンラウンドが起こった場合等は転換価格が低めに調整され、種類株主を、持分希薄化のリスクからプロテクトする(コンバージョンプライス方式)(※3)。
  4. 一斉取得
    種類株主は、IPO直前になったら自身の保有する種類株式を普通株式に強制的に転換される。

 なお、valuationの推移とDL数の推移をまとめると以下の通りです。各ラウンドで多額の資金調達をした後に成長を加速させるための打ち手を打っていることがわかります

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分類③時価総額:100億円以上 業種:金融・不動産

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*詳細コメント省略

 

分類④時価総額:100億円以上 業種:その他

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  • 株式会社メタップススマホアプリ収益化プラットフォーム「metaps」及びオンライン決済サービス「SPIKE」。)

 2015年2月に行われたIPO直前のファイナンスでvaluationが約50億円から約200億円まで跳ね上がっています。このラウンドで、業務提携先であるセガゲームス、博報堂トランスコスモスを含む投資家に対しB種優先株式を発行しています。

 

分類⑤時価総額:50億円以上 業種:web/スマホアプリ

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  リンクバルやデザインワン・ジャパン等、比較的社歴が浅く、VCからの資金調達に頼ることなく成長できている堅実な会社が多い点が全体的な特徴。

 2014年12月に行われたIPOより3回前のラウンドでvaluationが2倍以上上がっています。①上場申請期である2014年12月期の業績見通しが立ったタイミングでの資金調達である点、②同社の有価証券届出書上でも、2014年12月期の業績について、独自の送客ネットワーク「CroPro」により広告宣伝費が削減されたと説明されており、投資家には広告宣伝費の削減による今後の業績の成長可能性について、具体的なデータをもって説明することができたことがアップラウンドの要因として考えられます。

 

分類⑥時価総額:50億円以上 業種:ITベンダー

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*詳細コメント省略

 

分類⑦時価総額:50億円以下 業種:web/スマホアプリ

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 マーケットエンタープライズIPO直前のラウンド以外(赤い○で囲った部分以外)は、VCからの出資を受けず、役員からの出資により成長してきました。2014年9月に、YJ1号投資事業組合、株式会社オプト、株式会社オークファン等を引受先としてIPO直前のラウンドが実施され、valuationが4,800万から18億円に跳ね上がっています。この理由として、同社は2014年6月期を申請基準期として上場申請を行っていますが、2014年6月期の業績が確定し、IPOが確実視された段階においてファイナンスを実行しているためと考えられます。つまり、IPO直前に行われるラウンドはそれ以前のラウンドに比べ、著しくvaluationが高くなることが多いということです。

  • ピクスタ株式会社(ストックフォトサービス「PIXTA」。)

 2011年8月にGlobis Capital Partnersに対しA種優先株式を発行し、valuationを3.6億円から6億円まで引き上げています。

 

分類⑧時価総額:50億円以下 業種:ITベンダー

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  • 株式会社アイリッジ(O2Oソリューションの提供。)

  2014年7月に株式会社クレディセゾン、TBSイノベーション・パートナーズ1号投資事業有限責任組合等が普通株式を引き受けたラウンドでvaluationが9億円から24.5億円に上昇している。①上場申請期である2014年7月期の業績見通しが立ったタイミングでの資金調達である点、②アイリッジのビジネスモデルの性質上、来期の売上及び利益は累積的に増加していくことが見込まれる点(※4)がアップラウンドの要因として考えられる。

 

分類⑨時価総額:50億円以下 業種:金融・不動産

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 創業以来社長を中心に出資を行っており、社長とその資産管理会社で86.7%のシェアを保ったまま上場に至っています。

 

分類⑩時価総額:50億円以下 業種:その他

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*詳細コメント省略

 

 まとめ

 以上の結果を見て全体的な傾向としていえることは、上場直前のラウンドでvaluationが跳ね上がるケースが多く、そのラウンドにおいて新しい株主からの出資を受けるケースが多数見受けられます。上場直前のラウンドともなれば、投資先がEXIT(IPO)できない可能性は限りなく低いため、投資リスクは低いものの、その分リターンも少ないと考えられます。ただし、IPOした後も投資先の株価がどんどん上がり続ける見込みがあるのならば、上場直前に滑り込んで株主になるということも理論的に納得いくものと思われます。そう考えると、スタートアップ側として、IPO直前ラウンドで新しい株主を迎え入れる時は、自社がIPOすることの確実性だけでなく、IPO後もvaluation(時価総額)が上がりつづけることの確実性を同時に説明することが必要になると考えられます。

 また、もう1つの傾向としては、スタートアップのvluationを引き上げるための有効な施策として種類株式が使われている事例が増えている点。例えば、Gunosyは赤字にもかかわらずAラウンドから50億近いvaluationで評価されていますが、これは投資家に対して、少なくとも投資した金額以上のリターンを保証する残余財産分配に関する条項や、ダウンラウンド時の株式価値希薄化から投資家を保護するための条項を認めている点が根拠になっていると考えられます。今後は会社のvaluationを説明するためにも、また、投資家からの要望に応えるためにも、スタートアップ側の経営者、あるいはCFOには種類株式に関するリテラシー(種類株式発行会社に移行するための会社法の手続、異なる種類株主間の利害調整のための方法等)が間違いなく求められるものと考えられます。

 次号は今回見てきたvaluationがどういったロジックで決まっているのか、なるべくわかりやすく説明できるようなコンテンツを投稿したいと思います。本年もよろしくお願いします。

 

 

※1:以下の前提のもと、post valuationの計算を行っています。なお、post valuationとは資金調達後の企業価値のことです。

<計算上の仮定>

(1)簡便的に種類株式を発行したラウンドも普通株式を発行したラウンドにおける計算方法と同じ方法でvaluationを推定(厳密に言うと、普通株式と種類株式はその行使できるオプションの分だけ経済的価値が異なるため、シェアだけでそのvalueを単純比較することはできない。)

(2)従業員等による新株予約権の行使は原則的に集計対象外(新株予約権はあらかじめ行使価格が決まっており、行使された時点における企業のvaluationを示しているとは限らないため。)。

(3)有価証券届出書に記載されていないラウンドの情報については、登記簿の資本金及び発行済株式総数の増加数を参照する。

(4)ただし、登記簿に記載されている情報には増資に応じた投資家や資本準備金の増加額が載っていないので、設立時以降は資本金×2倍が増資額と仮定して計算。

(5)登記簿には集計対象外としている「新株予約権の行使」が含まれる場合があるが、この場合は(2)の原則の例外として、新株予約権の行使も集計対象とする。

(6)有価証券届出書に記載されていない情報について、登記簿を見ても調べきれない場合でも、資本金の増加額と発行済株式数の増加数を推定できる場合がある。このような場合は、複数のラウンドを1つのラウンドとみなして計算をしている。例えば、設立時の資本金が100万円(100株)、その後、複数のラウンドで300万円(300株)資本金が増加したことがわかるものの、各ラウンドでいくら調達したかわからない場合は、300万円(300株)のラウンドが1回行われたものとみなしてvaluationを以下の通り計算する。

 post valuation=300万円÷(300株÷400株)=400万円

 

※2:この10分類の分類基準については、基本的には母集団を切り分けて分析しやすくした便宜上の分類に過ぎず、特段厳密なわけ方をしているわけではない点についてご留意ください。なお、業種に関しての判断基準は以下の通りとなっています。

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※3:コンバージョンプライス方式についての詳しい説明はAZXさんのサイトに詳しいのでご参照ください。

 

※4:アイリッジは、企業向けO2Oソリューションプラットフォーム「popinfo」を提供するスタートアップ。クライアントは、利用ユーザー数に応じた従量課金&システムの保守料を月額でアイリッジに支払うというビジネスモデルであるため、積み上げ式で売上が増えていきます。したがって、比較的将来予測の立てやすい堅実なビジネスモデルであると考えられます。