(月刊)ひとり総研

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09_2015年上半期にバイアウト(M&A)されたスタートアップまとめ

Index

■何が知りたいのか?

■何を調べたのか?

■大企業はなぜスタートアップを買収するのか?

■大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのシナジーを期待しているのか?

■大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのバリュエーションを見込んでいるのか?

■まとめ

何が知りたいのか?

 前回の記事で述べた通り、スタートアップによるIPOが急増する反面、IPO(若しくは上場承認が下りた)したスタートアップの質についての問題提起が盛んに行なわれているようです。最近ではこんなことも(記事に書いてある推測が本当かどうかは置いておきます。)もありました。

thestartup.jp

 一方で、日本のスタートアップを取り巻くエコシステムの課題として以前より挙げられていた「M&AによるEXIT」も昨今急増しているという肌感は筆者にはあります。IPOに比べるとM&Aはスタートアップ(及びそのステークホルダー)と大企業とのコンセンサスさえ取れればEXIT後のゴタゴタ(業績予測の修正 etc)がなくていいんじゃないか、という印象を持っている方も多いと思います。

 そこで、今回はM&AによるEXITに焦点をあて、「大企業がスタートアップを買収する目的」及び「買収する際に見積もられたシナジー」及び「バリュエーション」がどれくらいなのか分析したいと思います。

何を調べたのか?

 今回は2015年上半期にEXITしたスタートアップをまとめました。

調査対象

 調査対象としては、主にM&Aニュース配信量No.1サイトであるM&Aタイムズ様に掲載されている大企業のプレスリリースをもとに以下のスコープで集計しました。M&Aタイムズ様、有難う御座います。

  1. 国内のスタートアップ
  2. 2015年1月~6月
  3. 創業年数10年以内の企業

※1:IT分野と明らかに関係のない業界は除く

※2:M&AによるEXITを調べるため、ただの第三者割当増資等は除き、創業者やVC等、既存の投資家によるEXIT案件のみを対象とする 

調査項目

 上記調査対象のスタートアップのうち、以下の項目を調査しました。

  • 買収されたスタートアップ及び買収した大企業の名称
  • 買収日付及びスタートアップの創業日
  • 取引形態及び大企業のスタートアップに対する買収後の株式保有割合
  • のれんの金額
  • スタートアップの直近決算期の当期純利益
  • スタートアップのサービスの内容
  • スタートアップのサービスの独自性
  • スタートアップのサービスのマネタイズの方法

調査結果

 調査結果は以下の図表の通りです。(調査項目全部を網羅した図表、買収金額等主要な情報だけサマリーした図表を用意しました。調査項目全部を網羅した図表については、Driveからダウンロード可能なので、是非DLしてみてください。)

 調査結果をサマリーすると、調査対象期間におけるEXIT件数は18件。目立ったEXITとしてはmixiによるフンザ社(チケットキャンプ)の買収(約100億円)。買収額の平均は約12億円、中央値は3.8億円。2014年にIPOしたスタートアップ企業の時価総額(平均:94億円、中央値:59億円)と比べると小規模です。

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■DL用リンク

図表_09_2015年上半期にバイアウト(M&A)されたスタートアップデータ.xlsx - Google ドライブ

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大企業はなぜスタートアップを買収するのか?

 大企業のプレスリリースの内容をもとに、「大企業がスタートアップを買収した目的」を分類すると、主に以下の7項目に大別されました。

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 なお、買収案件別に買収した目的を集計したところ、もっとも多かったのは「ノウハウ(サービスのオペレーション・企画力)」、次には同率で「既存事業のリソース増強」「新規事業開拓」となりました。

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 また、買収目的をM&Aの規模感別に集計したところ、以下のようになりました。買収金額の規模とM&Aの目的の関係を見ると、全体で見ると拮抗していた「既存事業リソース増強」と「新規市場開拓」が、10億円以上・100億円以上に偏っていることがわかります。これは、人的資産・顧客基盤等、個別的なアセットよりも、それらも含めた包括的な事業パッケージに高い買収金額が支払われるためであると考えられます(※1)。

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大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのシナジーを期待しているのか?

 前節では、買収案件の規模と目的の関係を見ましたが、本節では買収金額のうち、大企業が買収対象のスタートアップに対してどれくらいの買収プレミアムをつけたのかということを考えてゆきます。

 え?そんなのわかるの?と思われる読者の方もいらっしゃると思います。「事業シナジー」とは、決まった求め方がある指標でないですし、そもそも数値化できるものとは限らないからです。

 そこで本稿では、買収対象のスタートアップの買収前の企業価値を純資産価額(エクイティの金額±利益剰余金)として、それと買収金額との差額を、大企業が買収対象のスタートアップに見込んだ超過収益力、つまり事業シナジー(のれん、※2)として測定します。さらに買収金額に対する事業シナジーの割合を「シナジー比率」(※3)として算出し、各社で比較してみます。

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 M&Aの目的別に、シナジー比率の分布を示したものが以下の図表です(たとえば人的資産の獲得を目的としたM&Aでは、約70%のシナジー比率の買収案件が1件あった、と読みます。)。

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 その結果、以下のことがわかりました。

  • 人的資産・顧客基盤等、個別的なアセットを目的とした買収よりも、既存事業のリソース増強・新規市場開拓等の事業パッケージを目的として買収の方がシナジー比率が高い点。
  • 「既存事業リソース増強」と「新規市場開拓」はともにシナジー比率高めだが、後者の比率(平均94.48%)の方が前者の比率(平均89.95%)より全体的に高い点。

 1点目については、前節で述べた通り、事業パッケージを目的とした買収(包括的な買収)のシナジー比率が高い理由として、スタートアップのもつ様々なアセットが組み合わさることにより、シナジー効果が生じるためと考えられます(※1)。

 2点目からは、「新規市場開拓」目的の買収は、新規事業開発(研究開発)投資としてのM&Aという位置づけであること、つまり、新規事業のシード(種)を1から育てるコストと時間をM&Aをすることで省略するという意味合いが強いのではないかというインサイトを得られます。従って、製品及び市場の各軸で大企業がもっていない領域への投資だから評価は高くつくと考えられます。

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大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのバリュエーションを見込んでいるのか?

 では、大企業はスタートアップが稼ぎ出す利益に対してどれくらいの期待をこめたバリュエーションをつけるのでしょうか。IPOの分析のときには、株価÷1株当たり当期純利益でPERを出していましたが、今回はこれに似た指標を使って、直近の業績に対し、大企業側がどれくらいのバリュエーションで買収金額を決めているのか分析します。

 

(擬似)PER=買収価額÷スタートアップの買収前直近の当期純利益

 

 まず、IPOによるEXITとの比較をしてみます。2014年のIPOの水準は平均値240倍、中央値50倍ですが、M&AによるEXITでは、前述したとおりまず18社中11社が赤字で、残りの7社の平均は14.6倍、中央値は12.7倍です。PERで比べると一見小規模なEXITが目立ちますが、殆どが赤字スタートアップの買収です。これはIPOによるEXITでは見られない特徴ですね。

 次に、M&Aの目的とPERの相関関係を見てみます。

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 上の図表で示したとおり、前節(「のれん」の額の大きさとM&Aの目的の関係)の分析結果と比べ、既存事業の増強目的のM&Aについて、PERが高い傾向にあることがわかります。

 この理由として考えられるのは、大企業における既存事業の増強の観点で行なわれたM&Aは、①大企業側に事業のエキスパートが存在するため、現状の業績指標に現れない成長性を評価して買収するケースが多いと考えられる点、②逆に「新規事業開拓」のためのM&Aでは、新規事業のシード(種)を1から育てるコストと時間をM&Aをすることで省略するという意味合いが強いことから、既に収益力の高いスタートアップを買収する傾向が強い点の2点が挙げられると思います。

 

まとめ

 今回は大企業によるスタートアップの買収について、昨今のトレンドを加味して分析を行なってきました。M&AによるEXITは、IPOによるEXITに比べ、EXIT時のバリュエーションは比較的小規模ながら、直近業績が赤字のスタートアップが大半(約60%)と、大企業とのシナジーが見込まれれば、IPOに比べると門戸は広いという印象です。

 また、本稿ではM&Aを目的別に分類して分析をしていましたが、M&Aの目的を大別し、大企業側・スタートアップ側双方のEXITの特徴をまとめました。

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 スタートアップ側の視点で解説すると、まず、バリュエーションの価額を決定付けるのは、スタートアップが、自社を「パッケージ」として売り込めるか否かという点。スタートアップとは、プロダクト・チーム・プロダクトを売り込むマーケット等、個々のアセットを組み合わせた集合体であり、その一つ一つが大企業にとってシナジーがあることが高いバリュエーションでEXITできることの前提です。

 次に、大企業にとって「既存事業の増強」を目的とした買収か、「新規事業開発」を目的とした買収かという点がバリュエーションを決定付けるポイントとなります。前者の場合、大企業とスタートアップに確かなシナジーがあれば足許の業績が多少落ち込んだとしてもEXITの確度が高いという特徴があります。一方で後者の場合は非常に高いバリュエーションでEXITが期待できる反面、「どこの誰が自社の買取手になるかわからない」という意味で、EXIT先に関して不確実性が伴います。

 以上より、M&Aを目的としたスタートアップは、最低限、自社が上記の図表のどの象限に属するのか(要するに、大企業と自社がどのようなシナジーを生み得るのか)を明確にしたうえで、EXIT戦略を練るのが大切だと思います。

 いずれにせよ、M&AによるEXITは、IPOによるEXITでは享受できないメリットが双方(大企業・スタートアップ)にあることは確かなのでもっと増えればいいなと思います。本ブログではIPOによるEXITだけでなく、M&AによるEXITも引き続きフォローしてゆく予定です。

 

 

 ※1:個別的なアセット間のシナジー効果があるため。たとえばどんなに優れたチームを揃えてもプロダクトがイケてなければスタートアップの価値は伸びませんし、どれだけプロダクトがイケていていも、狙っているマーケットが小さければスタートアップの価値は伸びません。プロダクト・チーム・マーケットその他様々な要素がそろってはじめてスタートアップの成長性は説明できるのです。

 上記の説明をより数値的・会計的にに説明すると以下の通りです。

 aという100千円のソフトウェアを1つだけもっているAという会社の企業価値よりも、b1,b2という50千円のソフトウェアを2つもっているBという会社の企業価値の方が高くなるというイメージです。単純比較すると2つの会社の価値は100千円でイーヴンですが、B社はb1とb2という2つのソフトウェアを使うことで事業を効率的に運営することができるため、そのシナジー効果の分だけ企業価値が上がるはずと考えられます。たとえば、aというソフトウェアはこれを使うことで将来1,000千円の利益を獲得でき、bというソフトウェアはこれを使うことで将来1,000千円の利益を獲得できます。ただし、これらを組み合わせることで、エンジニアの人件費を抑えることができ、aとbを併せて使うことで、将来3,000千円の利益を獲得できます。大企業はその2つのソフトウェアの価値を個別に見積もって買収金額を決めますが、その2つのソフトウェアの価値(100千円)を超える事業価値がのれんとして会計上識別されます。これは会計上「識別不能」と表現されることがあり、企業の持っている資産のバリエーションが多ければ多いほど、識別不能な資産も増えると考えられます。

 

※2:これは会計上、のれん(good will)として認識されるものであり、大企業のプレスリリースや買収した会計期間の決算資料で開示されることが多いです。但し、買収対象のスタートアップの企業価値を見積もるのに時間がかかり、適時に開示できないケースや、大企業の資産規模に対する金額的影響が小さいことから開示されないケースがあり、その場合は調査結果のサマリー表には「非公開」と記入しました。

 

※3:100千円の純資産をもつスタートアップの全株式を200千円で大企業が買収したケースを考えて見ます。この場合、大企業はプレーンに見ると100千円の価値の会社を、事業シナジー込みで考えると200千円あると見込んで買収したと考え、100千円(=200千円-100千円)ののれんを計上します。また、200千円の買収金額に対して100千円の事業シナジーを見込んだことから、大企業がスタートアップに対して見込んだシナジー比率は50%です。