(月刊)ひとり総研

ベンチャー企業に関連する情報、ファイナンス情報、その他役に立ちそうなデータを月1ペースでまとめるブログ。

(補足)スタートアップにおけるPre-IPOラウンドのvaluationについて

前回の記事でスタートアップにおけるPre-IPOラウンド(上場直前のファイナンス)のvaluationが、それ以前のラウンドに比べて跳ね上がる傾向がある点について言及しました。

この理由として本ブログで挙げた仮説としては、①Pre-IPOファイナンスは既にIPOすることが確実と見込まれるタイミングで行われることが多く、VCがとるべきリスクが通常のベンチャー投資と比べて少ないこと、②Pre-IPOラウンドで資本参加した投資家は、IPOしたタイミングで売り抜けるのではなく、IPO後、さらにバリューアップすることを見込んだ上で出資していると考えられることを挙げました。

 

今回は米国におけるPre-IPOファイナンスでのvaluationを調査したレポートを見つけたので手短に紹介します。

レポートを公表したのは、Sillicon Valleyの法律事務所Fenwick & West LLPであり、2014年から2015年においてIPOした米国のスタートアップのPre-IPOファイナンスについて調べています。

Execuive Summaryを元にレポートの内容をまとめると以下の通りです。

  1. PreIPOラウンドで発行される株式の価値(valuation)は普通株式に比べると170%程度

  2. 実際のIPOデータを見てみると、PreIPOラウンドにおける「IPO時の株価xx円を下回ったら追加発行」といったラチェット条項の実効性は低いといえる。なぜなら2015年にIPOした会社においては、IPO後に追加発行された普通株式は全体の発行済株式数の3%程度だから。

  3. 2015年にIPOした会社のうち、PreIPOにおいて普通株式より議決権が多い優先株式を付与された株主がいる会社、いわゆるDual Classで上場している会社は、24%も存在する(cf 既に上場している企業では9%程度)。

  4. Pre IPOラウンドに参加した株主が投資先のIPO時にどのように行動するか?2015年にIPOした会社のPre IPOラウンド参加株主のうち、22%は売却するどころか追加取得を行い、29%は売却、残り49%はそのままま。

  5. 2015年にIPOした会社のうち、79%もの会社がPreIPO→IPOでアップラウンドしている。

  6. 上記におけるPreIPO→IPOのvaluation増加は平均で+94%、中央値で+36%。

米国においては日本と異なり、株式の新規発行は種類株式で行われることが一般的であることを念頭に置くと理解が深まると思います。

原文はこちらです。

The Effect of Companies’ Late Stage Venture Financings on Their IPOs 2014 - 2015

では。

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ひとり総研で書いて欲しい記事、募集しています。どんどんリクエストいただけると幸いです!

startup-finance.hatenablog.com

 

 

 

 

13_2015年にIPOしたスタートアップのvaluationを調べてみた。

IPOしたスタートアップの時価総額っていくらくらいなの?

前回の記事では2015年にIPOしたスタートアップの時価総額をまとめましたが、上場前にスタートアップが投資家から受けた評価額(valuation)はどれくらいなのでしょうか。2016年も始まったばかりですので、この疑問に対して去年のIPOを振り返ることで応えようと思います。

 

INDEX

2015年の新興市場の概況

IPOしたスタートアップのvauation推移(概括)

1.調査方法
2.調査結果

IPOしたスタートアップのvaluation推移(個別分析)

1.分類① 時価総額:100億円以上 業種:バイオ

2.分類② 時価総額100億円以上 業種:web/スマホアプリ

3.分類③ 時価総額:100億円以上 業種:金融・不動産

4.分類④ 時価総額:100億円以上 業種:その他

5.分類⑤ 時価総額:50億円以上 業種:web/スマホアプリ

6.分類⑥ 時価総額:50億円以上 業種:ITベンダー

7.分類⑦ 時価総額:50億円以下 業種:web/スマホアプリ

8.分類⑧ 時価総額:50億円以下 業種:ITベンダー

9.分類⑨ 時価総額:50億円以下 業種:金融・不動産

10.分類⑩ 時価総額:50億円以下 業種:その他

まとめ

 

2015年の新興市場の概況

その前に、2015年の新興市場の概況を振り返りましょう。

以下の図が2008年以降のIPO件数をまとめたものですが、マザーズは去年の公開件数を10件上回り、2014年に引き続いて新興市場が盛り上がりを見せています。

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(出所)東証HPをもとにひとり総研作成

その中でも、本ブログにて「スタートアップ」と定義している創立10年以内の新興企業のIPO件数も去年を上回っています。

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では、これらスタートアップ企業のIPO時の時価総額はどうなっているのでしょうか。

これをまとめたのが以下の表です。時価総額の中央値は63.8億円、平均値は146.7億円で、IPOによる公募増資額の中央値は5.6億円、平均値は157.2億円です。PERを見ると、前回の記事でも言及しましたが、全体としては控えめなvluationであるものの、申請基準期の業績が赤字の企業にかなり高いvluationがついている点が2015年の大きな特徴でした。

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IPOしたスタートアップのvaluation推移(概括)

調査方法

今回は上の表に記載したスタートアップ29社について、それぞれIPOに至るまでのファイナンス情報をもとに、それぞれのラウンドのvaluation情報をまとめます。具体的には、有価証券届出書に記載されている発行済株式総数及び資本金・資本準備金の増加額から次の通りvaluationを推定します(※1)。

post valuation=資本金・資本準備金の増加額÷(増加株式数÷増資後の発行済株式総数)

調査結果

下のグラフは、設立時~IPOに至るまでの29社のvaluationの推移をまとめたものです。各ラウンドのサンプル件数に多寡があるので単純比較はできませんが、全体的な傾向として概ねIPOに向けてvaluationが上がっていることがわかります。f:id:vwwatcher0719:20160131000346p:plain

なお、下表は各ラウンドがIPOからどれくらい前に実施されたかをまとめたものです。

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また、詳細な調査結果は以下でDLできるようになっていますのでご興味のある方はこちらからご覧ください。

 

IPOしたスタートアップのvaluation推移(個別分析)

このセクションでは各社のvaluation推移を個別に見ていきます。ただし、29社一遍に見ていくと大変なので、時価総額・業種別に29社を以下のように10分類(※2)したうえで見ていきます。

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以下では、各社のvaluation推移をまとめつつ、気になったスタートアップについては、個別にコメントを付していきたいと思います。

 

分類①時価総額:100億円以上 業種:バイオ

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  まずは時価総額ランキング1位、2位にランクインしている創薬バイオベンチャー

 注目すべきは、設立から2年目の2013年4月に2回目のファイナンスを実施し、300億円近いバリュエーションで評価されている点。出資者である大日本住友製薬株式会社はこのファイナンスを機にヘリオスとの共同開発契約を締結。

 IPO直前のファイナンスにおいて、三菱UFJベンチャーキャピタル等の金融系VCからの出資で110億円のvaluationで評価されています。

 

 どちらもかなり高いvaluationですが、両者のvaluationがIPO時に逆転していることを考えると、キャピタルゲインのみを目的に投資を行う金融系VCに比べ、事業上密接な利害関係をもった事業会社によるvaluationが高めになる(シナジー効果がvaluationに織り込まれている)ことがわかります。

 

分類②時価総額:100億円以上 業種:web/スマホアプリ

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 他の銘柄は、上場直前のラウンドでvaluationが2~5倍近く跳ね上がる前までは、10億未満のvalueで推移するのに対し、Gunosy及びAimingはIPOより2~3回前のラウンドで既に50億円近いvluationで評価されているのが特徴です。

 海外展開を進め、新タイトルをリリースした後のファイナンスでvaluationがあがっているようです。種類株式の利用等はしていません。

  • 株式会社Gunosy(ニュースキュレーションアプリ「Gunosy」。)

 図示した通りvaluationを大きく上げるタイミングで種類株式を利用しています。種類株式はA種・B種・C種の3種類で、登記簿の情報をもとにそれぞれの内容をまとめると以下の通りです。

  1. 残余財産の分配
    種類株主は会社が清算した場合、最低でも出資額の分は受け取ることができる。なお、清算時のvaluationが投資時のvaluationを上回る場合は、上回った分を各投資家がプロラタで分け合うことができる(参加型)。
  2. 償還請求権
    会社が買収された場合等は、種類株主は会社に株式を買い取ってもらうことができる。買取価格は、1.で示した残余財産分配価格をもとに決める。
  3. 普通株式への転換
    種類株主は自身の株式を普通株式に転換することができる。原則、転換比率は1:1だが、ダウンラウンドが起こった場合等は転換価格が低めに調整され、種類株主を、持分希薄化のリスクからプロテクトする(コンバージョンプライス方式)(※3)。
  4. 一斉取得
    種類株主は、IPO直前になったら自身の保有する種類株式を普通株式に強制的に転換される。

 なお、valuationの推移とDL数の推移をまとめると以下の通りです。各ラウンドで多額の資金調達をした後に成長を加速させるための打ち手を打っていることがわかります

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分類③時価総額:100億円以上 業種:金融・不動産

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*詳細コメント省略

 

分類④時価総額:100億円以上 業種:その他

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  • 株式会社メタップススマホアプリ収益化プラットフォーム「metaps」及びオンライン決済サービス「SPIKE」。)

 2015年2月に行われたIPO直前のファイナンスでvaluationが約50億円から約200億円まで跳ね上がっています。このラウンドで、業務提携先であるセガゲームス、博報堂トランスコスモスを含む投資家に対しB種優先株式を発行しています。

 

分類⑤時価総額:50億円以上 業種:web/スマホアプリ

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  リンクバルやデザインワン・ジャパン等、比較的社歴が浅く、VCからの資金調達に頼ることなく成長できている堅実な会社が多い点が全体的な特徴。

 2014年12月に行われたIPOより3回前のラウンドでvaluationが2倍以上上がっています。①上場申請期である2014年12月期の業績見通しが立ったタイミングでの資金調達である点、②同社の有価証券届出書上でも、2014年12月期の業績について、独自の送客ネットワーク「CroPro」により広告宣伝費が削減されたと説明されており、投資家には広告宣伝費の削減による今後の業績の成長可能性について、具体的なデータをもって説明することができたことがアップラウンドの要因として考えられます。

 

分類⑥時価総額:50億円以上 業種:ITベンダー

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*詳細コメント省略

 

分類⑦時価総額:50億円以下 業種:web/スマホアプリ

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 マーケットエンタープライズIPO直前のラウンド以外(赤い○で囲った部分以外)は、VCからの出資を受けず、役員からの出資により成長してきました。2014年9月に、YJ1号投資事業組合、株式会社オプト、株式会社オークファン等を引受先としてIPO直前のラウンドが実施され、valuationが4,800万から18億円に跳ね上がっています。この理由として、同社は2014年6月期を申請基準期として上場申請を行っていますが、2014年6月期の業績が確定し、IPOが確実視された段階においてファイナンスを実行しているためと考えられます。つまり、IPO直前に行われるラウンドはそれ以前のラウンドに比べ、著しくvaluationが高くなることが多いということです。

  • ピクスタ株式会社(ストックフォトサービス「PIXTA」。)

 2011年8月にGlobis Capital Partnersに対しA種優先株式を発行し、valuationを3.6億円から6億円まで引き上げています。

 

分類⑧時価総額:50億円以下 業種:ITベンダー

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  • 株式会社アイリッジ(O2Oソリューションの提供。)

  2014年7月に株式会社クレディセゾン、TBSイノベーション・パートナーズ1号投資事業有限責任組合等が普通株式を引き受けたラウンドでvaluationが9億円から24.5億円に上昇している。①上場申請期である2014年7月期の業績見通しが立ったタイミングでの資金調達である点、②アイリッジのビジネスモデルの性質上、来期の売上及び利益は累積的に増加していくことが見込まれる点(※4)がアップラウンドの要因として考えられる。

 

分類⑨時価総額:50億円以下 業種:金融・不動産

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 創業以来社長を中心に出資を行っており、社長とその資産管理会社で86.7%のシェアを保ったまま上場に至っています。

 

分類⑩時価総額:50億円以下 業種:その他

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*詳細コメント省略

 

 まとめ

 以上の結果を見て全体的な傾向としていえることは、上場直前のラウンドでvaluationが跳ね上がるケースが多く、そのラウンドにおいて新しい株主からの出資を受けるケースが多数見受けられます。上場直前のラウンドともなれば、投資先がEXIT(IPO)できない可能性は限りなく低いため、投資リスクは低いものの、その分リターンも少ないと考えられます。ただし、IPOした後も投資先の株価がどんどん上がり続ける見込みがあるのならば、上場直前に滑り込んで株主になるということも理論的に納得いくものと思われます。そう考えると、スタートアップ側として、IPO直前ラウンドで新しい株主を迎え入れる時は、自社がIPOすることの確実性だけでなく、IPO後もvaluation(時価総額)が上がりつづけることの確実性を同時に説明することが必要になると考えられます。

 また、もう1つの傾向としては、スタートアップのvluationを引き上げるための有効な施策として種類株式が使われている事例が増えている点。例えば、Gunosyは赤字にもかかわらずAラウンドから50億近いvaluationで評価されていますが、これは投資家に対して、少なくとも投資した金額以上のリターンを保証する残余財産分配に関する条項や、ダウンラウンド時の株式価値希薄化から投資家を保護するための条項を認めている点が根拠になっていると考えられます。今後は会社のvaluationを説明するためにも、また、投資家からの要望に応えるためにも、スタートアップ側の経営者、あるいはCFOには種類株式に関するリテラシー(種類株式発行会社に移行するための会社法の手続、異なる種類株主間の利害調整のための方法等)が間違いなく求められるものと考えられます。

 次号は今回見てきたvaluationがどういったロジックで決まっているのか、なるべくわかりやすく説明できるようなコンテンツを投稿したいと思います。本年もよろしくお願いします。

 

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12_2015年にIPOしたスタートアップの財務分析をしてみた。

IPO(新規公開)は、スタートアップがその出資者であるベンチャーキャピタル等の下を離れ、パブリックカンパニーになるという意味で、スタートアップにとっての1つのゴールとして説明されることが多いです。

では、どのようなスタートアップがIPOできるのかというとそれは経済環境の変化もあり、なかなか答えが出せない問いであります。

したがって今回は2015年10月現在までにIPOした企業の財務分析をして、どのような財務内容のスタートアップが上場できるのか、について調べてみました。

 

INDEX

何を調べたのか?
1.調査対象
2.調査項目
3.調査結果

何がわかったのか?
4.全体的な傾向

5.重要財務指標まとめ

 ①収益性(売上高経常利益率

 ②安全性(自己資本比率

 ③成長性(売上高成長率)

 ④成長性(経常利益成長率)

 ⑤成長性(PER)

6.時価総額TOPのITベンチャーはなぜ上場できたのか?

 ①メタップス

 ②Gunosy

 ③Aiming

まとめ

 

何を調べたのか?

 2015年10月31日までに上場した上場企業の財務分析をしました。2015年1月から10月までという何とも中途半端な期間をまとめているのですが、年末のIPOラッシュに向けてスタートアップの直近のEXIT環境をおさらいするという意味合いのまとめとなります。

 必要に応じて去年のデータとの比較をして今年上場した会社の財務的な特徴を分析していきたいと思います。

※去年も同じような内容の記事をアップしているのでそちらもご参照ください。

startup-finance.hatenablog.com

調査対象

 調査対象は、①設立から上場日までが10年以内かつ、②東証マザーズ上場企業で、10月31日までに初値がついた企業としました。

調査項目

 上記調査対象について、主に以下の項目を調査しました。

  • IPOした会社の名称・業種・事業内容
  • 公募価格から計算した資金調達額
  • 公募価格から計算したスタートアップの時価総額
  • 上場直前期・直前々期のスタートアップの業績指標(売上高・経常利益・当期純利益・1株あたり当期純利益
  • 上場直前期・直前々期のスタートアップの総資産及び純資産額

 情報ソースとしては主に東京IPO及び各社の新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)、そしてそれらのデータをわかりやすくまとめているSPEEDAを使っています。(SPEEDAは会員登録がないと閲覧できません。)

調査結果

 調査結果はGoogle Driveにアップしました。ご参考までに。

 図表_12_2015年1月~10月IPO企業財務分析

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何がわかったのか?

全体的な傾向

 以下が2015年10月末までに上場したスタートアップを、上場した時に市場から調達した金額順に並べた表です。調達金額の平均値は17.2億円、中央値は5.6億円です。去年と比較すると、平均値9億円、中央値5億円なので市場からの調達金額おおむね変動はないということがわかります。では去年と今年で何も変わらなかったのかと言うとそうでもなく、以下の2点が今年IPOした会社の特有のトレンドとして浮かび上がってきました。

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トレンド① 突出したバリュエーションでIPOしたベンチャー企業の存在

 2015年10月末までに上場したスタートアップを時価総額順に並べ直すと以下の通りとなります。時価総額の平均値は158億円、中央値は66億円。去年は平均値94億円、中央値59億円なので、主幹事証券によるバリュエーションが高くなっているという傾向が読み取れます。

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 なお、去年100億~200億円だったITベンチャー時価総額の上限値は、200億~400億円に跳ね上がっています。この原因を調べるために、度数分布図を作ってみると、去年新規上場した会社の時価総額はほぼ横並びなのに対し、当期は突出したバリュエーションの企業が何件か上場しており、時価総額の平均値(中央値)を引き上げていることがわかります。

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トレンド② 赤字上場企業に高いバリュエーションがつく

 また、突出したバリュエーションで評価された企業のほとんどが、直前期の利益が赤字であることも今年のトレンドです。 

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重要財務指標まとめ

 上に挙げた会社の財務指標から、どのような業績・財務内容の会社が実際にマザーズに上場できるのか把握します。指標の詳細な説明は去年の記事参照。

①収益性(売上高利益率)

 売上高に対する経常利益の割合。この割合が高い会社は、利益率の高い優れたビジネスモデルを確率できているといえます。

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<上位5社> 

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<下位5社>

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<去年のデータとの比較>

 収益性については、中央値7%、平均値11%であることから、大体10%が一般的な水準であるといえます。

 

②安全性(自己資本比率

 純資産額が総資産額全体に占める割合。

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<上位5社>

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<下位5社>

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<去年のデータとの比較>

 安全性については、中央値40%が一般的な水準であると言えます。なお、創薬バイオであるサンバイオは直前期債務超過で上場しています。

 

③成長性(売上高成長率)

 直前期の売上高が、直前々期に比べ、どれだけ成長したかを示す指標。「高い成長性」を上場の用件とするマザーズ上場会社にとっては重要な指標。

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<上位5社>

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<下位5社>

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<去年のデータとの比較>

 売上高成長率は中央値60%程度が一般的な水準だと思われます。これについては去年とあまり変わりないように見受けられます。

 

④成長性(経常利益成長率)

 直前期の経常利益が、直前々期に比べ、どれだけ成長したかを示す指標。「高い成長性」を上場の用件とするマザーズ上場会社にとっては重要な指標。

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<上位5社>

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<下位5社>

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<去年のデータとの比較>

 当期の経常利益成長率は中央値105%で、直前々期から直前期にかけて利益水準が2倍くらいに成長するのが望ましいといえます。注目すべきは下位5社で、直前々期から直前期に利益が改善するわけではなく、むしろ赤字幅が拡大している点です。しかも、そのうち3社(ヘリオスGunosy、メタップス)は時価総額TOP5にランクインしている会社です。

 

⑤成長性(PER)

 IPO時の公募価格と1株あたり利益を比べ、「将来どのくらい成長すると見込まれているか」を求める指標。

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<上位5社>

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<下位5社>

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<去年のデータとの比較>

 まず、赤字企業はPERを算出できないので、直前期の利益が黒字である企業のPERを比べます。当期のPERは平均値43倍、中央値27倍であり、PER約30倍くらいが一般的な水準。前期(中央値50.95倍、平均値239.18倍)或いは一般的なマザーズ上場企業のPERと比べると、低い水準に推移しました。

 しかし上記は黒字上場したスタートアップのバリュエーションの話です。下記6社については、赤字企業でありながら公募価格がついています(※1)。また、この6社のうち、サンバイオ、ヘリオスGunosy、メタップス、Aimingは、時価総額トップ5にランクインしています。

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<赤字企業一覧>

 以上をまとめると、主幹事証券は黒字企業のバリュエーションについては去年よりも保守的に、赤字企業のバリュエーションについては去年よりもアグレッシブ(高め)に評価されていると考えられます。サンバイオやヘリオス等、創薬バイオについては設備投資が先行するビジネスモデルであるため、その成長可能性について合理的な説明ができそうな気がするのですが、Gunosy、メタップス、Aiming等、バリバリのITベンチャーについては、上場直前期が赤字であるにもかかわらず、その成長可能性をどうやって説明したのでしょうか。以下のセクションで検証していきます。

 

時価総額TOPのITベンチャーはなぜ上場できたのか?

①メタップス

 時価総額406億円、調達額38億円のIPOを果たしたメタップス。上場に至るまでのイベントを整理してみると以下のようになります。

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 2012年9月以前にはSEOコンサルティング事業やTOKUPO(共同購入型のクーポンEC)を運営していたメタップスですが、直前期(2013年8月期)にはスマホアプリ用分析ツール「metaps」にサービスを一本化します。ファイナンス面でキーとなっているのは、2013年8月期に行われた転換社債をあわせて10億円の調達だと思われます。この調達を機にメタップスは海外展開を加速します。翌年(直前期)の営業活動に係るキャッシュアウトフローは△6,000万円/月※2)(つまりサービスを運営しているだけで月6,000万円のお金が流出していく)。この年は、エンジニアへの給料や通信費等、metapsの運転資金だけでなく、海外への広告宣伝を強化※3したことによりバーンレートが非常に高い水準になり、直前期の赤字幅が拡大していると考えられます。ただし、申請期(2015年8月期)においては海外進出のために支出した広告宣伝費をぐっと抑え、営業活動に係るキャッシュアウトフローも△10万円/月まで改善しています。その後、上場が見えてきた2月に事業会社等から40億円の巨額なファイナンスをしたうえで、IPOでさらに40億円近くの資金調達をするに至っています。

 上記を考慮したうえで、メタップスが上場審査上評価された点は、直前々期に調達した資金(10億)を元に海外展開をやりきった経営陣の手腕であると推測されます(※4)。セグメント注記を見ると、直前々期売上高のうち20%程度だった海外売上が直前期においては国内売上を抜いて60%にまで成長し、結果として全社の売上高が2倍近くに成長していることがわかります。今後は、2014年8月期に開始した新サービス「SPIKE」にmetapsで培ったノウハウを横展開し、さらに両サービスのトランザクションを増やしていくことで黒字転換を図っていくものと考えられます。

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<日本とアジアにおける売上高の割合(セグメント注記より)>(単位:千円)

Gunosy

 時価総額332億円、調達額53億円のIPOを果たしたGunosy。上場に至るまでのイベントを整理してみると以下のようになります。

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  直前期においては、営業活動に係るキャッシュアウトフローは△1.26億円/月であり、VCから調達した15億円がそのままPL上費用化するレベルの莫大な広告宣伝費を支出していたため、赤字になっています。

 Gunosyが上場できた理由は単純で、直前期の業績に比べ、上場申請をした期(申請期)の売上及び利益が急激に伸びているためだからと考えられます。

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<業績の推移(単位:千円)>

※「上場時の着地見込」は、上場承認時に開示されている四半期情報(第3四半期)を×4/3して年換算した数値です。

 上記が業績及び主要KPIの推移です。広告宣伝費の伸びに対して粗利の伸びが上回っています1DLあたりの売上が年々伸びている点を考慮すると、上場審査上、いずれ黒字転換することに合理的な説明ができると考えられます。(実際進行期に黒字着地を成功させています。)

 

③Aiming

 時価総額293億円、調達額22億円のIPOを果たしたAiming。上場に至るまでのイベントを整理してみると以下のようになります。

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 直前々期に海外子会社を設立し、台湾でグラフィック開発、フィリピンでサーバー運用、韓国で配信業務を行うという現在の運営体制を確立しています。その後、売上規模を急拡大させながら、定期的にVCから資金調達を実施、申請期である2014年12月期に黒字転換を果たします。

 上記を考慮したうえで、Aimingが上場審査上評価された点は以下の2点と考えられます。

  1. Aimingのビジネスの実態は、開発期間長期にわたるソフトウェア制作です。よって、売上高の成長の後、一定のタイムラグが空いたのち、利益がついてくるビジネスモデルです(※5)。直前期と直前々期は業績赤字であるものの、直前々期→直前期にかけて売上高10億円の改善に比し、経常利益は3億円改善と、赤字幅は狭まっており、直前期と直前々期は黒字転換(ブレイクイーブン)に向けた"溜め"の期間であることに合理的な説明をつけることはできると考えられます。(実際に申請期に黒字化を達成しています。)
  2. タップス同様、直前々期にVCからの調達資金をもとに一気に海外展開を仕掛け、現在の運営体制の基盤をつくっている点が評価のポイントになったのかもしれません。流れとしては、直前々期にグローバルで開発体制を整え、直前期に旗艦プロダクトをリリースしています。

 

まとめ

 以上をまとめると、2015年にIPOしたスタートアップの主要財務指標は以下の通りです。

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 これに加え、今年特有のトレンドは突出したバリュエーションでIPOしている会社の存在、及びそれらの会社の直前期業績が大幅な赤字である点です。

 「時価総額TOP5のITベンチャーはどのように上場できたのか?」のセクションでは、赤字上場かつ公募価格ベースの時価総額が200~400億円のスタートアップの財務分析を通じて、赤字上場のスタートアップがどのように会社の成長可能性を説明できたのか推測しました。共通するポイントとしては、VCや事業会社から調達した資金をもとに、上場前に積極的に海外展開及び、前年度の2倍から10倍に至るまで、思い切った広告宣伝支出をやりきった点です。

 ここから得られる結論は、(未上場時の資金調達時にもいえることですが、)IPOをする際に求められるのは「再現性」だということだと思います。すなわち、多額の資金調達をした後に、どのような施策にいくらつかって、どのような効果があったのかということが明確化されていなければ、投資家からお金を集めることができないということです。この点、上記3社は直前期における業績こそ芳しくないものの、売上高や諸KPI、申請期における利益額でその再現性を実証することができたために上場まで漕ぎ着けることが出来たのだと思います。

 

 

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11_VCのファンドレイズから、今後どんなスタートアップにお金が集まるか考えてみた。

将来どんなスタートアップが評価されるのか?

これを予測する方法として、業界誌や、コンサルティングファームの調査レポートを見るのは有用です。しかし、もっと簡単な方法として、投資家(VCファンド)がどのようなコンセプトのファンド組成しているかということを調べることで、今後5~10年でどのようなスタートアップに資金が集まるのか(つまりどのようなスタートアップが今後評価されるのか)がある程度わかります。
ということで、今回はVCのファンドレイズを調べてみました。
 

INDEX

何を調べたのか?
1.調査対象
2.調査項目
3.調査結果

何がわかったのか?
5.ファンド投資対象のステージとファンド規模の関係
6.VCの属性とファンド規模の関係
7.ファンド投資対象の特徴とファンド規模の関係
8.VCの属性とファンド投資対象の特徴の関係
9.ファンド投資対象のステージとVCの属性の関係る

まとめ

 

何を調べたのか?

 直近で組成されたファンドを対象に、以下の項目について調査しました。

調査対象

 調査対象としては、2015年1月~8月の間に組成が発表されたVCファンドとします。大企業の事業再生等を目的としたPEファンド等は除外します。

調査項目

 上記調査対象について、以下の項目を調査しました。

  • 設立されたファンドの名称及び出資約束金額(※1)
  • ファンド組成が発表された日付
  • ファンドの運用期間
  • ファンドのGP(運営者)
  • GPが法人の場合、GPの株主
  • ファンドのLP(運営者以外の出資者)
  • 投資対象の特徴
  • 投資対象のステージ
  • 備考(投資ポリシー等)

調査結果

 調査結果のサマリーは以下の通り。ファンド総額規模を大きい順で並べました。(最大規模はYJキャピタルの2号ファンド200億円。)

 調査結果の詳細バージョンは下記リンクからDLできます。

図表_11_2015年1月~8月ファンドレイズデータ.xlsx - Google ドライブ

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何がわかったのか?

 "調査項目"で調べたデータをもとに、ファンド規模、ファンド投資対象のステージ、ファンド投資対象の特徴、VCの属性について、それぞれの相関関係を調べました。

ファンド投資対象のステージとファンド規模の関係

 このセクションでは、どのステージのスタートアップに今後リスクマネーが集中するのか考察します。以下がその相関関係をまとめた図表です。

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 ご覧の通り、件数ベース(ファンド組成の件数)では、シード>アーリー>ミドル>レイターの順、金額ベース(出資約束金額の合計)では、シード>ミドル>アーリー>レイターの順となっています。以上より、シードステージのスタートアップを中心に資金が集まる傾向にあると考えられます※2)。

 

VCの属性とファンド規模の関係

 このセクションでは、今後どのような投資家が最もスタートアップに資金を供給するのか考察します。VCの属性については、以前の記事をもとに分類します。

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 ご覧の通り、事業会社系のVC(CVC:コーポレートベンチャーキャピタル)によるファンド組成が割合として最も多いことがわかります。

 

ファンド投資対象の特徴とファンド規模の関係

 このセクションでは、今後どのような領域のスタートアップにリスクマネーが集中するのか考察します。ファンドの投資対象の特徴は以下の3つの観点から分類します。

  1. 【投資目的】投資対象が投資家の事業内容とシナジーがある事業を行っているか否か。
  2. 【ビジネスモデル】投資対象が多額の設備投資が必要な研究開発先行型のビジネスか否か。
  3. 【限定性】投資対象のコア技術が、ある特定の地方や大学、研究機関で生まれたものか否か。

 上記の分類をもとに各分類の特徴をまとめると以下の通りです。

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 これらの相関関係をまとめた図表が以下です。

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 以上から、純粋なキャピタルゲインを目的として、研究開発投資を必要としないスタートアップに、場所に捕われずグローバルに投資するVCが多いことがわかります(※3)。

 

VCの属性とファンド投資対象の特徴との関係

 このセクションでは、どのような属性のVCが、それぞれどのような特徴をもったスタートアップに投資をしようとしているのかを考察します。以下が両者の相関関係を示した図表です。

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 この図表をもとにVCの属性別にどのようなスタートアップを投資対象とするのか詳しく見てみましょう。

 事業会社系VCについては、当然ですが、投資家と直接的な事業シナジーがありそうなスタートアップへの投資が相対的に多いです。また、研究開発型のスタートアップへの投資や、特定の大学や地方の技術シーズを発掘して事業化する試みも本格化していないように見受けられます

 

 独立系VCについても、事業会社系VCと同様、研究開発型のスタートアップへの投資、特定の大学や地方で生まれた技術シーズへの投資事例は少ないです。日本の独立系VCの投資担当者等は金融機関出身者が多く、技術的なリテラシーを持った人間がいないことがこの理由のひとつであると考えられます。今後この分野での投資ノウハウを蓄積するために、専門家を雇ったり、現状国(地方)とスタートアップの間で生まれている「産学連携」の輪を拡げ、事業会社やVCを参加させる動きがでてきたりしたら面白いですね。

 

 金融系VCについては、地銀が地元の企業と組んでファンド組成する事例が多く、政府系VCについては、国立大学初のVCファンド組成が事例が増加しています。後者については、国の施策として、国立大学等によるVC等の出資が促進されている政策的な背景があります(※4)。

 

 各投資家の属性と投資対象の特徴ををまとめたのが以下の図表です。

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ファンド投資対象のステージとVCの属性の関係

 このセクションでは、どのような属性のVCが、どのステージに力を入れようとしているのかを考察します。

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ファンド投資対象のステージとファンド規模の関係”の項目で見たとおり、どの属性のVCもシードステージへの投資を活発化していく方針のようですね。

 

まとめ

 全体の傾向としていえるのが、(今後も引き続き?)国内未公開株式市場ではシードステージを中心に、多額の設備投資を必要としないコンテンツ・メディア・ECサイト等のITサービスを運営する国内外のスタートアップに、リスクマネーが供給されるものと考えられます。また、事業会社系VCのファンド組成により、キャピタルゲインだけでなく事業シナジーを目的とした事業投資的な意味合いでのベンチャー投資も今後増えてくるかもしれません。

 一方で、多額の設備投資を必要とするバイオ・創薬・ハードウェア等の領域や、これらの技術シーズが生まれる大学や研究機関と、事業会社・独立系VCが積極的に連携している事例は少ないのではないでしょうか。国の施策(産業競争力強化法及び特定研究成果活用支援事業計画の認定等に関する省令)により、およそ1000億円の予算がベンチャー投資にあてられているといわれていますが、投資家として投資先をバリューアップさせるノウハウやコネクションをもっている点は事業会社系VCや独立系VCの大きな強みです。この強みが、ベンチャー投資を大学(≒国)だけで実行する場合のデメリットを補完し得るものと考えれば、産学連携の「輪」の中に事業会社や独立系VC等の民間企業をジョインさせる必要があるのではないかと思います。

 

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10_2015年7月までにバイアウト(M&A)された海外スタートアップまとめ(ざっくり版)

前回の記事に引き続き、M&Aのまとめです。

Index

■何が知りたいのか?

■何を調べたのか?

■調査結果のサマリー

■バイアウトによりEXITしたスタートアップ12社まとめ

■まとめ

何が知りたいのか?

 直近の記事で国内のスタートアップを対象に、バイアウトによりEXITした企業をリサーチしました。国内の事例を調べていたら国外の事例も気になってきたので、国外におけるスタートアップを対象に、どのような企業が実際にEXITしたのか、直近の事例をざっくり調べました。(詳細な分析記事は年末から年始にかけてアップしたいので、今回の記事の内容は実際にEXITしたスタートアップの紹介に留まらせていただきます。)

何を調べたのか?

 今回は2015年1月~7月にEXITしたスタートアップをまとめました。

調査対象

 調査対象としては、主にTechcrunchRe/code等のメディアを中心に掲載されている案件をCrunchBaseの情報をもとに以下のスコープで集計しました。なお、CrunchBaseの情報をもとにまとめているため、一部オフィシャルに公開されていない情報(メディアの調査による情報)をもとに調査を行なっている点につきご留意下さい。

  1. 国外のスタートアップ
  2. 2015年1月~7月
  3. 創業年数20年以内の企業
  4. USD100M以上のEXIT

※1:IT分野と明らかに関係のない業界は除く

※2:M&AによるEXITを調べるため、ただの第三者割当増資等は除き、創業者やVC等、既存の投資家によるEXIT案件のみを対象とする 

調査項目

 上記調査対象のスタートアップのうち、以下の項目を調査しました。

  • 買収されたスタートアップ及び買収した大企業の名称
  • スタートアップのサービスの内容
  • スタートアップと大企業の事業シナジー(買収に至った理由)
  • スタートアップがEXITまでにどれくらいの金額で、何回ファイナンスをしたか。

調査結果のサマリー

 上記の調査結果をまとめたものが以下の図表です(金額降順)。

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 大企業がスタートアップを買収した目的については以下の通り。図表の見方は前回の記事を参照してください。

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 「スタートアップがEXITまでにどれくらいの金額で、何回ファイナンスをしたか」については、平均調達回数が3.1回平均調達額がUSD 87.93Mとなりました。

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バイアウトによりEXITしたスタートアップ12社まとめ

1.Lynda.com

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 買収額:1,500,000,000 USD

 買収企業: LinkedIn

 Lynda.comの事業内容は、プログラミングやビジネススキルに特化したオンライン動画学習サイト「lynda.com」の運営。Re/Codeの記事を参考にすると、LinkedInがLynda.comを買収する際に見込まれるシナジーは以下の3点と考えられます。

  1. LinkedInは、転職希望者と会社(リクルーター)を結びつけるSNSであり、Lynda.comはプログラミングスキルを身につけるためのサービス。本件は、両者が何らかの形で提携し、Lynda.comでスキルを身につけた転職希望者がLinkedInで転職を成功させるというサイクルを将来的に実現させるための買収。
  2. アメリカの全大学の40%程度はLynda.comの法人顧客と言われている。LinkedInは学生にリーチするために、Lynda.comのもつ教育機関へのネットワークを目的とした買収をしたと考えられる。
  3. LinkedInユーザーが当該サービスを使う理由は転職のためだけではなく、むしろその主目的は一般的なSNS同様、コンテンツを作成したり閲覧したりすること。もしLinkedInのタイムライン上でユーザーがLynda.comのコンテンツを閲覧できるたら、ユーザーのサービス継続率が高まると考えられ、今回の買収にいたったと考えられる。

2.Trustwave

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 買収額:810,000,000 USD

 買収企業:Singtel

 Trustwaveは、独立系管理セキュリティサービスプロバイダー。一方、SingTel(シンガポールテレコム)社はアジアを中心に通信関連技術を提供する事業会社。リリースによると、SingTel社の幅広い顧客層と一連の強力な ICT サービスを、Trustwaveの奥の深いサイバーセキュリティ能力とあわせることで、強力な組み合わせが生まれるとともに、当社はサイバーセキュリティ分野でグローバルな機会を捉えることができるようになる、とのこと。

3.Plenty Of Fish

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 買収額:575,000,000 USD

 買収企業:Match Group(IACグループ)

 Plenty Of Fish(POF)は利用料完全無料のデーティング(出会い系)アプリを提供するスタートアップ。POFは、その運営を出来る限りユーザーの自治にゆだねることで、バナー等の広告収入でマネタイズを行なっているそうです。そのため、創業以来、VCからの資金調達を行なわず全持分を創業者が保有しているため、なんと創業者はUSD575M(約690億円)をキャッシュで受け取っています

 一方、Match.comを運営するMatch Groupは、TinderやOKCupidを運営し、デーティングアプリ以外の複数のメディアも運営するIAC(Inter Active Corp)の子会社。IACはPOF社以外にもデーティングアプリを運営する会社を買収しており、POFの巨大なユーザーベースを傘下に収めることでデーティングアプリ市場における支配的な地位を獲得できると考えられます。

4.Ganji.com

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 買収額:446,200,000 USD

 買収企業:58.com(Tencentグループ)

 Ganji.comは中国で展開するクラシファイド広告(3行広告)掲載ウェブサイト。中古車販売マーケットプレースに強みがある点が特徴です。一方で、58.comはTencentのグループ企業で、こちらもGanji.comと同様、中国で展開するクラシファイド広告のスタートアップです。Ganji.comが58.comを買収することで見込まれるシナジーは以下のようにまとめられます。

  1. 58.comとGanji.comは中国におけるクラシファイド広告業界における競合関係にある。58.comはGanji.comを買収することによってライバルとの競合関係を解消し、マーケティングコスト等を節約することを企図し、買収にいたったと考えられる。なお、第三者機関による調査から、58.comとGanji.comの当該市場におけるシェアはそれぞれ40.6%、33.4%といわれている。(以下の記事がソースです。)
  2. thebridge.jp

    58.comは引越しやクリーニングなどのマーケットプレイスに、Ganji.comは中古車販売のマーケットプレイスに強みをもっているため、58.com(その親会社のtencent)は、異なる強みをもったプラットフォームを統合することで業界における地位を確固たる物にすることができる。

5.Panaya

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 買収額:230,000,000 USD

 買収企業:Infosys

 PanayaはERP導入時のテストを行なうツール「CloudQuality」の提供を行なうスタートアップ。この買収はPanaya社の自動化・人工知能技術等を活用することにより現行サービスの競争力と生産性を強化することを目的とした買収。

6.Quandoo

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 買収額:219,000,000 USD

 買収企業:Recruit Holdings

 Quandooはヨーロッパで展開する飲食店予約及び飲食店側の予約管理ソリューションを提供するスタートアップ。創業年数はおよそ2.5年と社歴の浅いスタートアップ。

 欧州における飲食店のオンライン化率は15%程度と低く、大部分がオンライン化されている旅行予約サイト等、他分野とは異なり、市場の成長余地が多分に残されているため、同種のサービスを提供し、ノウハウがあるRecruitにより買収されていると考えられます。

7.Polyvore

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 買収額:200,000,000 USD

 買収企業:Yahoo!

 Polyvore(ポリボア)は、ソーシャルショッピングアプリを運営するスタートアップ。ソーシャルショッピングとは、個人が自分の持っている洋服等を出品し、売買できるCtoCマーケットプレース。

 一方、Yahoo!はPolyvoreに出品されるファッションアイテムをコンテンツ化し、自社で提供するデジタルマガジンを強化することで、消費者向けと広告主向けサービスを拡充する予定。なお、Yahooの注力分野はMaVeNS(Mobile,Video,Native/Social Adds)といわれており、この方針に従った投資であると考えられます。

 

8.Wahanda

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 買収額:171,000,000 USD

 買収企業:Recruit Holdings

 Wahandaは美容室のオンライン予約サイトを運営するスタートアップ。欧州における美容室のオンライン化率は1%未満といわれており、大部分がオンライン化されている旅行予約サイト等、他分野とは異なり、市場の成長余地が多分に残されているため、同種のサービスを提供し、ノウハウがあるRecruitにより買収されていると考えられます。

9.Kallidus Technologies

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 買収額:120,000,000 USD

 買収企業:Infosys

 Kallidus Technologiesは、ECプラットフォームの構築サービス「Skava」を提供するスタートアップ。一方、InfosysはITコンサルティングサービスを提供する事業会社。この買収によりInfosysは新たにIP技術や自動化ツールを通じた顧客への新たなデジタルエクスペリエンスの提供のほか、拡大しつつあるコマース分野における専門性の発揮やコンサルティングの提供をする見込み。

10.Dotloop

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 買収額:108,000,000 USD

 買収企業:Zillow

 Dotloopは不動産を売買する個人間及び不動山仲介業者のための電子署名プラットフォームを提供するスタートアップ。今回の買収は、オンライン不動産売買サービスを運営するZillowがインターネット上で取引を完結させるための電子署名プラットフォームであるDotloopを買収し、自社サービス強化するためのものと考えられます。

11.Sunrise

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 買収額:100,000,000 USD

 買収企業:Microsoft

 Sunriseは無料カレンダーアプリ「Sunrise Calender」を提供するスタートアップ。創業年数はおよそ3年と比較的社歴の浅いスタートアップ。

 今回の買収は、MSが同社の提供するソフトウェアをクラウド上で提供するため、モバイルシフトを進めるためのもの。具体的には、PC以外の端末からアクセスするWindowsユーザーのために、Outlookとカレンダー機能を連携させることにより、カレンダーへの予定入力をスムーズにできるようになる、といった新しいサービスの連携を実現させています。

12.AlertMe

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 買収額:100,000,000 USD

 買収企業:British Gas

 AlertMeはユーザーが家庭の電力使用状況をモバイルやブラウザから管理できるツールを提供するスタートアップ。イギリスの電力小売会社British Gasがこのスタートアップを買収した背景として、UKでは電力自由化が進んでおり、電力小売業者はBritish Gasを含めた6社による自由競争が行なわれている点が挙げられます。British Gasは自社サービスにAlertMeのソリューションを組み込むことで他社に対し競合優位に立つことを企図していると考えられます。なお、British Gas社は電気料金のシミュレーションやモニタリングサービス等をITサービスとして既に提供しています。

 

まとめ

 前回の記事でまとめた通り、大企業がスタートアップを買収する目的によってEXITの規模やプレミアム、バリュエーションは異なります。たとえば今回のケースだと、Lynda.comのEXITでは、一見、他の分野で事業を行なっている2つの企業が手を組むことで様々な可能性が生まれるため、USD 1.5Bの大規模な買収が行なわれています。

 また、スタートアップがもつユーザーベースや、成熟した事業を買うタイプの買収(今回のケースではPlenty Of FishやWahanda、Polyvore等)も大規模になりやすいと思われます。これはM&A自体が、新規事業のシード(種)を1から育てるコストと時間をM&Aをすることで省略するという意味合いをもつための考えられます。

 その一方で、たとえばSunriseやQuandoo等、社歴が2~3年程度で、事業規模やユーザー数も未だ十分に獲得できていないと思われるようなスタートアップが、USD 100MのEXITを実現するケースも見られます。これは大企業が新たに参入する業界や地域に必要な人材や技術を早期に囲い込んで自社リソース化しようとするものと考えられます。このような事例を見ると米国のスタートアップのEXITの仕方は本当に多様だなと思います。上述したとおり、海外スタートアップのM&Aについては年末から年始にかけて深堀りした記事をアップする予定ですので、ご期待頂ければありがたいです。

 

09_2015年上半期にバイアウト(M&A)されたスタートアップまとめ

Index

■何が知りたいのか?

■何を調べたのか?

■大企業はなぜスタートアップを買収するのか?

■大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのシナジーを期待しているのか?

■大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのバリュエーションを見込んでいるのか?

■まとめ

何が知りたいのか?

 前回の記事で述べた通り、スタートアップによるIPOが急増する反面、IPO(若しくは上場承認が下りた)したスタートアップの質についての問題提起が盛んに行なわれているようです。最近ではこんなことも(記事に書いてある推測が本当かどうかは置いておきます。)もありました。

thestartup.jp

 一方で、日本のスタートアップを取り巻くエコシステムの課題として以前より挙げられていた「M&AによるEXIT」も昨今急増しているという肌感は筆者にはあります。IPOに比べるとM&Aはスタートアップ(及びそのステークホルダー)と大企業とのコンセンサスさえ取れればEXIT後のゴタゴタ(業績予測の修正 etc)がなくていいんじゃないか、という印象を持っている方も多いと思います。

 そこで、今回はM&AによるEXITに焦点をあて、「大企業がスタートアップを買収する目的」及び「買収する際に見積もられたシナジー」及び「バリュエーション」がどれくらいなのか分析したいと思います。

何を調べたのか?

 今回は2015年上半期にEXITしたスタートアップをまとめました。

調査対象

 調査対象としては、主にM&Aニュース配信量No.1サイトであるM&Aタイムズ様に掲載されている大企業のプレスリリースをもとに以下のスコープで集計しました。M&Aタイムズ様、有難う御座います。

  1. 国内のスタートアップ
  2. 2015年1月~6月
  3. 創業年数10年以内の企業

※1:IT分野と明らかに関係のない業界は除く

※2:M&AによるEXITを調べるため、ただの第三者割当増資等は除き、創業者やVC等、既存の投資家によるEXIT案件のみを対象とする 

調査項目

 上記調査対象のスタートアップのうち、以下の項目を調査しました。

  • 買収されたスタートアップ及び買収した大企業の名称
  • 買収日付及びスタートアップの創業日
  • 取引形態及び大企業のスタートアップに対する買収後の株式保有割合
  • のれんの金額
  • スタートアップの直近決算期の当期純利益
  • スタートアップのサービスの内容
  • スタートアップのサービスの独自性
  • スタートアップのサービスのマネタイズの方法

調査結果

 調査結果は以下の図表の通りです。(調査項目全部を網羅した図表、買収金額等主要な情報だけサマリーした図表を用意しました。調査項目全部を網羅した図表については、Driveからダウンロード可能なので、是非DLしてみてください。)

 調査結果をサマリーすると、調査対象期間におけるEXIT件数は18件。目立ったEXITとしてはmixiによるフンザ社(チケットキャンプ)の買収(約100億円)。買収額の平均は約12億円、中央値は3.8億円。2014年にIPOしたスタートアップ企業の時価総額(平均:94億円、中央値:59億円)と比べると小規模です。

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■DL用リンク

図表_09_2015年上半期にバイアウト(M&A)されたスタートアップデータ.xlsx - Google ドライブ

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大企業はなぜスタートアップを買収するのか?

 大企業のプレスリリースの内容をもとに、「大企業がスタートアップを買収した目的」を分類すると、主に以下の7項目に大別されました。

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 なお、買収案件別に買収した目的を集計したところ、もっとも多かったのは「ノウハウ(サービスのオペレーション・企画力)」、次には同率で「既存事業のリソース増強」「新規事業開拓」となりました。

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 また、買収目的をM&Aの規模感別に集計したところ、以下のようになりました。買収金額の規模とM&Aの目的の関係を見ると、全体で見ると拮抗していた「既存事業リソース増強」と「新規市場開拓」が、10億円以上・100億円以上に偏っていることがわかります。これは、人的資産・顧客基盤等、個別的なアセットよりも、それらも含めた包括的な事業パッケージに高い買収金額が支払われるためであると考えられます(※1)。

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大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのシナジーを期待しているのか?

 前節では、買収案件の規模と目的の関係を見ましたが、本節では買収金額のうち、大企業が買収対象のスタートアップに対してどれくらいの買収プレミアムをつけたのかということを考えてゆきます。

 え?そんなのわかるの?と思われる読者の方もいらっしゃると思います。「事業シナジー」とは、決まった求め方がある指標でないですし、そもそも数値化できるものとは限らないからです。

 そこで本稿では、買収対象のスタートアップの買収前の企業価値を純資産価額(エクイティの金額±利益剰余金)として、それと買収金額との差額を、大企業が買収対象のスタートアップに見込んだ超過収益力、つまり事業シナジー(のれん、※2)として測定します。さらに買収金額に対する事業シナジーの割合を「シナジー比率」(※3)として算出し、各社で比較してみます。

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 M&Aの目的別に、シナジー比率の分布を示したものが以下の図表です(たとえば人的資産の獲得を目的としたM&Aでは、約70%のシナジー比率の買収案件が1件あった、と読みます。)。

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 その結果、以下のことがわかりました。

  • 人的資産・顧客基盤等、個別的なアセットを目的とした買収よりも、既存事業のリソース増強・新規市場開拓等の事業パッケージを目的として買収の方がシナジー比率が高い点。
  • 「既存事業リソース増強」と「新規市場開拓」はともにシナジー比率高めだが、後者の比率(平均94.48%)の方が前者の比率(平均89.95%)より全体的に高い点。

 1点目については、前節で述べた通り、事業パッケージを目的とした買収(包括的な買収)のシナジー比率が高い理由として、スタートアップのもつ様々なアセットが組み合わさることにより、シナジー効果が生じるためと考えられます(※1)。

 2点目からは、「新規市場開拓」目的の買収は、新規事業開発(研究開発)投資としてのM&Aという位置づけであること、つまり、新規事業のシード(種)を1から育てるコストと時間をM&Aをすることで省略するという意味合いが強いのではないかというインサイトを得られます。従って、製品及び市場の各軸で大企業がもっていない領域への投資だから評価は高くつくと考えられます。

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大企業はスタートアップを買収するときにどれくらいのバリュエーションを見込んでいるのか?

 では、大企業はスタートアップが稼ぎ出す利益に対してどれくらいの期待をこめたバリュエーションをつけるのでしょうか。IPOの分析のときには、株価÷1株当たり当期純利益でPERを出していましたが、今回はこれに似た指標を使って、直近の業績に対し、大企業側がどれくらいのバリュエーションで買収金額を決めているのか分析します。

 

(擬似)PER=買収価額÷スタートアップの買収前直近の当期純利益

 

 まず、IPOによるEXITとの比較をしてみます。2014年のIPOの水準は平均値240倍、中央値50倍ですが、M&AによるEXITでは、前述したとおりまず18社中11社が赤字で、残りの7社の平均は14.6倍、中央値は12.7倍です。PERで比べると一見小規模なEXITが目立ちますが、殆どが赤字スタートアップの買収です。これはIPOによるEXITでは見られない特徴ですね。

 次に、M&Aの目的とPERの相関関係を見てみます。

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 上の図表で示したとおり、前節(「のれん」の額の大きさとM&Aの目的の関係)の分析結果と比べ、既存事業の増強目的のM&Aについて、PERが高い傾向にあることがわかります。

 この理由として考えられるのは、大企業における既存事業の増強の観点で行なわれたM&Aは、①大企業側に事業のエキスパートが存在するため、現状の業績指標に現れない成長性を評価して買収するケースが多いと考えられる点、②逆に「新規事業開拓」のためのM&Aでは、新規事業のシード(種)を1から育てるコストと時間をM&Aをすることで省略するという意味合いが強いことから、既に収益力の高いスタートアップを買収する傾向が強い点の2点が挙げられると思います。

 

まとめ

 今回は大企業によるスタートアップの買収について、昨今のトレンドを加味して分析を行なってきました。M&AによるEXITは、IPOによるEXITに比べ、EXIT時のバリュエーションは比較的小規模ながら、直近業績が赤字のスタートアップが大半(約60%)と、大企業とのシナジーが見込まれれば、IPOに比べると門戸は広いという印象です。

 また、本稿ではM&Aを目的別に分類して分析をしていましたが、M&Aの目的を大別し、大企業側・スタートアップ側双方のEXITの特徴をまとめました。

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 スタートアップ側の視点で解説すると、まず、バリュエーションの価額を決定付けるのは、スタートアップが、自社を「パッケージ」として売り込めるか否かという点。スタートアップとは、プロダクト・チーム・プロダクトを売り込むマーケット等、個々のアセットを組み合わせた集合体であり、その一つ一つが大企業にとってシナジーがあることが高いバリュエーションでEXITできることの前提です。

 次に、大企業にとって「既存事業の増強」を目的とした買収か、「新規事業開発」を目的とした買収かという点がバリュエーションを決定付けるポイントとなります。前者の場合、大企業とスタートアップに確かなシナジーがあれば足許の業績が多少落ち込んだとしてもEXITの確度が高いという特徴があります。一方で後者の場合は非常に高いバリュエーションでEXITが期待できる反面、「どこの誰が自社の買取手になるかわからない」という意味で、EXIT先に関して不確実性が伴います。

 以上より、M&Aを目的としたスタートアップは、最低限、自社が上記の図表のどの象限に属するのか(要するに、大企業と自社がどのようなシナジーを生み得るのか)を明確にしたうえで、EXIT戦略を練るのが大切だと思います。

 いずれにせよ、M&AによるEXITは、IPOによるEXITでは享受できないメリットが双方(大企業・スタートアップ)にあることは確かなのでもっと増えればいいなと思います。本ブログではIPOによるEXITだけでなく、M&AによるEXITも引き続きフォローしてゆく予定です。

 

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08_2014年にIPOしたスタートアップの業績まとめ

久々の投稿となります。更新しなくてすみません・・・

今月からがんばります(`・ω・´)

 

Index

■何が知りたいのか?

■何を調べたのか?

■何が分かったのか?

■おまけ

 

何が知りたいのか?

 (だいぶ前の投稿になりますが)以前の投稿で、2014年のマザーズ新規上場数をレビューしましたが、新興市場が非常に活気付いてきているということをお伝えしました。

 一方で、昨今は新興企業を中心とした成長企業の上場直後のパフォーマンスについて、東証から一種のアラートらしきものが出る事態にもなっています。

 この潮流を受けて、今回は”花々しくIPOしたスタートアップは、果たして「上場ゴール」だったのか?”ということをテーマに進めていきたいと思います。

 

何を調べたのか?

調査対象

前期(2014年)マザーズに上場した企業のうち、創業年数が10年以内のベンチャー企業の売上高・経常利益・当期純利益(及び総資産・純資産)。

調査期間

2015/5/31までに公表されている財務数値(*1)。

調査方法

それぞれのスタートアップの上場日は当然異なるので、上場した期を「N期」として、その1年前及び2年前を「N-1期」、「N-2期」とすることで、上場した時期に関係なく、上場日を基準に業績がどのように推移しているのかを企業ごとに比較できるように集計します。

調査結果

以上に挙げた調査対象の範囲でそれぞれの上場企業の業績をトラッキングしたところ、売上高の推移は以下のように、

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経常利益の推移は以下のように、

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当期純利益の推移は以下のようになりました。

 

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USENだけ金額の水準が明らか大きいので縦軸を別にしてます。

 

 すみません。全然わからないですよね。ただ、大雑把に、上場日を挟んで業績がどのように推移したのかがわかるのではないでしょうか・・・?以下が、それぞれの指標について、調査対象22社の中間値の推移です。(黒塗りになっている部分については、CYBERDYNE1社のみで、母集団が明らかに統計的に有意ではないので無視します。)

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※総資産・純資産は右軸。

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何が分かったのか?

全体的な傾向

 上記調査の結果から分かる全体的な傾向として、IPO後(N期)に大きく業績はアップしており、その一方でN+1期1Qを最高点に、N+1期2Qに全体的に業績が落ち込んでいるケースが多いということ。N期に調達した資金を開発や人材採用等に投資したことから、業績が悪化しているためでしょうか・・・。次のセクションでは、N+1期の2Qで業績が落ち込んだ原因を個社ごとに分析していきましょう。

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個社分析

 N+1期の2Qで業績が落ち込んだ会社の業績不振の要因を、有価証券報告書・決算説明資料をもとにまとめました。

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 経常利益が下落しているのは22社中7社ですが、その7社のうち、売上自体が下落しているのは3社です。原因を見てみると、殆どが翌期以降の売上を立てるための開発・人員増強のためのコストが先行していることがわかります。これは、調達した資金を固定費化(設備投資や採用資金に)したものの、その固定費をまかなうだけの収益が上がっておらず、結果的に赤字(又は業績低下)に繋がっている状態であると考えられます。

 

 つまり、上場後のスタートアップは、上場したことによって得られた資金を投資活動に回したことにより、上場直後の会計期間ベースでは利益が落ち込んでいるということです。この状態はVC等からファイナンスを受けたものの、利益がまだたっていないスタートアップ期の状態と相似しており(*2)、従って、IPO直後はその会社にとっての"第2のスタートアップ期”であると考えることもできます。

 

 但し、IPOする前と異なるのはステークホルダー(利害関係者)の多さ。不特定多数の株主からファイナンスを受けている以上、そのお金をどこに投資するかという意思決定は、今までに増して非常に重要な判断となります。

 

 以上より、上場直後に業績が落ち込むという事実だけをもって「上場ゴール」と判断することはできません(むしろ業績が落ち込むのは必然)。しかし、上場直後のベンチャー企業は「第2のスタートアップ期」にいることから、CFOをはじめとしたマネジメントは、その投資の効果について、これまで(上場前)以上に厳しくモニタリングする必要があると考えられます。

 

おまけ「上場期・上場直後期における業績修正の有無」

 上記調査に加えて、何かと話題になる業績予想の修正の有無も調べました。当初予想に対する未達成率(下方修正した%)を、N期及びN+1期分、適時開示情報をもとに集計しました。

 結果は以下の通りです。

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 実際に利益を下方修正しているのは、N期で1/22(4%)、N+1期で2/22(9%)であり、少数であることがわかります。

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 N+1期目に修正を行っている企業(フリークアウト、イグニス)は、N期に上方修正を発表しており、N+1期に大幅な未達を予定しています。下方修正を出す会社はソフトウェア開発等、期ズレの影響を受けやすい業態であり、利益の予測が困難な会社が多いということもわかります。

 

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